電車の緊急停止ボタンを押したら逮捕や損害賠償請求はされる?
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令和4年7月、JR山手線の渋谷駅で、線路に財布を落としてしまった男性利用客が電車の非常停止ボタンを押してしまったというトラブルが起きました。「財布を拾ってほしい」という要求に駅員がすぐに応えなかったための行動だったそうですが、電車の運行を妨げる行為だとして、SNSを中心に批判が集中したようです。
越谷市は東武鉄道伊勢崎線、JR東日本武蔵野線が乗り入れており、1日あたりおよそ20万人が乗降しています。多数の利用客がひしめく駅のホームにいるとき、なんらかのトラブルに見舞われて「電車を緊急停止しなければ」と考える事態に直面するかもしれません。
本コラムでは、電車の緊急停止ボタンを押す行為が違法になるケースや、違法となった場合適用されるおそれのある犯罪や刑罰の重さ、逮捕される可能性などについて、ベリーベスト法律事務所 越谷オフィスの弁護士が解説します。
1、電車の「緊急停止ボタン」を押した場合の刑事責任
ほとんどの鉄道の駅プラットホームには「緊急停止ボタン」が設置されています。
ボタンを強く押下することで、自動制御されている区間では走行中の電車が自動的に緊急停止するほか、自動制御されていない区間でも信号が赤色に変わるので運転士が急ブレーキをかけて危険を回避する……という仕組みです。
つまり、緊急停止ボタンを押すと、どの区間であっても電車が止まることになります。
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(1)緊急停止ボタンを押すことが許されるのは「緊急時」だけ
緊急停止ボタンが設置されている理由は「緊急時の安全確保」のためです。
ここでいう緊急時とは、線路に人が転落したなど生命や身体に危険が迫っている状況や、線路上に電車の走行を妨げるほどの落下物がある状態などを指します。
このような緊急時には、そのまま電車がホームに突入すると重大な人身事故や電車の脱線・転覆事故などにつながってしまうおそれがあるので、緊急停止ボタンを押して電車を止める必要があります。
東武鉄道を例に挙げると、主要な折り返し駅では駅員がリモコン式の緊急停止ボタンを携帯していますが、ホームの隅々まで監視することは困難です。
駅員の目が届かないところで、利用客が誤って線路に転落してしまうなどの事態が発生する可能性があるために、駅員でない人でも電車の停止を促せるように緊急停止ボタンが設置されているのです。 -
(2)緊急性がない状況でボタンを押した場合に適用される犯罪
緊急停止ボタンが押されると、どのような危険が発生しているのかを確認するような間もなく、電車が緊急停止します。
つまり、実際には危険が発生していないのにいたずらなどでボタンが押されたときにも、電車は止まってしまうのです。
そのため、緊急性がないのにボタンを押すと、「電車を止めた」という行為について刑事責任を問われる事態になるでしょう。
具体的には、緊急性がない状況で緊急停止ボタンを押して電車を停止させる行為は、以下のような犯罪に該当するおそれがあります- 偽計業務妨害罪(刑法第233条)
虚偽の風説の流布、または偽計を用いて他人の業務を妨害した者を罰する犯罪です。
緊急停止ボタンを押下して「緊急事態だ!」とだまし、電車を停止させて鉄道会社の円滑な業務を妨害したと判断される場合に成立します。 - 威力業務妨害罪(刑法第234条)
威力を用いて他人の業務を妨害した者を罰する犯罪です。
「緊急停止ボタンを押す」という行為によって鉄道会社の自由意思を制圧し、円滑な業務を妨げたと判断された場合に成立します。
上記の犯罪はどちらも「業務を妨害する罪」であるため、明確な区別を付けるのが難しい場合もあります。
実際の事例をみても、同じような状況なのに偽計業務妨害罪が適用されているケースと威力業務妨害罪が適用されているケースとが混在しています。
偽計業務妨害罪はき「だまして」電車を停止させた、威力業務妨害罪はボタンを押して「無理やりに」電車を止めたという解釈にもとづいていると考えられますが、やはり明確な区別は難しいでしょう。
なお、偽計業務妨害罪と威力業務妨害罪の法定刑は、いずれも「3年以下の懲役または50万円以下の罰金」です。
どちらが適用されるのかによって罪の重さが変わるというわけではありません。 - 偽計業務妨害罪(刑法第233条)
お問い合わせください。
2、緊急停止ボタンを押すと逮捕? 身柄拘束を受けるおそれのある行為の例
むやみに緊急停止ボタンを押すと、刑事責任を問われる可能性があります。
そのため、「緊急時でないのに緊急停止ボタンを押すと、必ず逮捕されるのか?」という点が気になる方もおられるでしょう。
たとえば、人混みに押されて誤ってボタンを押してしまった、人が線路に転落したように見えてボタンを押したが実際には誰も落ちていなかったといった場合でも「電車を緊急停止させれば逮捕」となるのでしょうか?
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(1)緊急停止ボタンを押して逮捕された実例
以下では、実際に緊急停止ボタンを押した容疑で逮捕された事例を紹介します。
【偽計業務妨害罪で逮捕された事例】- 少年らが共謀して、踏切に設置されている緊急停止ボタンを押して急行列車2本を緊急停止させた疑いで逮捕
- ストレス発散のために踏切に設置されている緊急停止ボタンを5回押した疑いで逮捕
- 遮断機が上がるスピードが遅いことに不満を抱き、踏切の非常停止ボタンを押して電車3本の運行を遅らせた疑いで逮捕
上記に挙げた事例は、いたずら・ストレス発散・不満といった理由で緊急停止ボタンを押して逮捕されたものです。
勘違いや不可抗力でボタンを押したといった事例は見当たらないので、悪質な事例においてはボタンを押した人は実際に身柄拘束を受けている、と判断できます。 -
(2)ボタンを押した後の行為が問題となる典型例
緊急停止ボタンを押したあとの行為が問題になって、刑事事件に発展するケースも想定できます。
- 傷害罪に問われるケース
酒に酔った勢いで緊急停止ボタンを押し、駆けつけた駅員ともみ合いになった際に殴ってケガをさせたといったケースでは、刑法第204条の傷害罪に問われる可能性があります。
法定刑は15年以下の懲役または50万円以下の罰金です。
また、駅員にケガがなかったとしても、刑法第208条の暴行罪に問われる可能性があります。
暴行罪の法定刑は2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料です。 - 集団暴行罪に問われるケース
いたずら気分で盛り上がった複数人が緊急停止ボタンを押して、駆けつけた駅員に集団で暴力をふるった場合は、刑法の暴行罪ではなく暴力行為等処罰法第1条の集団暴行罪に問われる可能性があります。
集団暴行罪は暴行罪の加重規定で、法定刑は3年以下の懲役または30万円以下の罰金です。 - 公務執行妨害罪に問われるケース
自治体が母体の公営鉄道の駅員は、公務員またはみなし公務員にあたります。
緊急停止ボタンを押したことで駅員と押し問答になり、相手を突き飛ばしたり、危害を加えるかのように脅したりすれば、刑法第95条の公務執行妨害罪に問われる可能性があるのです。
法定刑は3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金です。
- 傷害罪に問われるケース
3、緊急停止ボタンを押して逮捕された! その後の刑事手続きの流れ
以下では、緊急停止ボタンを押して警察に逮捕されてしまった場合の、その後の刑事手続きの流れについて解説します。
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(1)逮捕による最大72時間の身柄拘束
警察に逮捕を告げられると、その時点から身柄拘束が始まります。
その場で手錠をかけられていなくても、逮捕を告げられていれば有効です。
警察の持ち時間は逮捕から48時間以内で、直ちに警察署へと連行されて留置場に収容され、警察官による取り調べを受けます。
警察での取り調べを終えると、逮捕された容疑者の身柄は検察官へと引き継がれます。
この手続きを「検察官送致」といいますが、ニュースなどでは「送検」という略称が用いられています。
送検を受理した検察官は、24時間以内の持ち時間のなかで自らも取り調べをおこない、容疑者の身柄をこれからどうするのか慎重に検討します。
ここまでの流れが、逮捕による身柄拘束です。
逮捕されてしまうと、警察段階で48時間以内、検察官の段階で24時間以内、合計で最長72時間にわたって社会から隔離されてしまうことになるのです。 -
(2)勾留による最大20日間の身柄拘束
逮捕の効力がなくなっても、すぐに釈放されるわけではありません。
検察官が「さらに身柄拘束を続けて捜査を進める必要がある」と判断した場合は「勾留」が請求されます。
裁判官が許可すると、勾留による身柄拘束が開始します。
初回の勾留は10日間です。
勾留が決定すると容疑者の身柄は警察へと戻され、検察官が指揮するかたちで警察が取り調べなどの捜査を進めます。
また、10日間で捜査が終わらなかった場合は、延長が可能となっています。
延長の期限は10日間以内であるため、初回と延長を合計すると勾留の限界は最大で20日間になります。 -
(3)起訴されると刑事裁判が開かれる
勾留が満期を迎える日までに、検察官は「起訴」または「不起訴」を決定します。
起訴すれば刑事裁判が開かれ、不起訴になれば刑事裁判は開かれません。
容疑者は起訴されると「被告人」となり、刑事裁判を待ちます。
起訴からおよそ1~2カ月後に初公判が開かれ、以後はおおむね1カ月に一度のペースで公判が進みます。
最終的には有罪・無罪のいずれかの判決が下され、有罪の場合には、法定刑の範囲から量刑が言い渡されます。
4、緊急停止ボタンを押したら鉄道会社から損害賠償を請求される?
緊急停止ボタンを押した場合は、犯罪として刑事責任を追及されるだけでなく、電車を止めたことで鉄道会社が負った経済的な損害を賠償する責任も生じます。
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(1)路線・時間帯によっては多額の賠償請求を受けるおそれがある
「電車の運行を止める」ということは、大変な損害につながります。
利用客の多い路線や通勤・帰宅ラッシュの時間帯では、1本の電車が緊急停止することでダイヤが大幅に乱れてしまい、多数の利用者に影響を与えてしまうのです。
理由が悪質だと、数千万円単位の損害の賠償を求められるおそれもあるでしょう。 -
(2)緊急時だと勘違いしても賠償請求を受けるのか?
緊急停止ボタンは、人身や電車の運行に危険が迫っている状況で使用が許されるものです。
基本的に、緊急時であれば、電車を止めたとしても賠償を求められることはありません。
また「人が転落したように見えた」といった状況なら、実際に転落しているのかどうかを確認していると生命や身体に危険が生じてしまうので、ためらわずにボタンを押すべきです。
実際には緊急性がなかったとしても、安全を最優先に考えてとった行動であれば、損害賠償を請求されるおそれは低いでしょう。
5、まとめ
駅の「緊急停止ボタン」は人身や電車の運行に危険が迫っていることを知らせるためのものです。
いたずらやストレス発散を目的にしてボタンを押した場合はもちろん、何らかのトラブルが生じている事実はあるものの緊急性が低い場合にも、刑事責任を追及されて刑罰が科せられたり、民事責任の追及を受けて多額の賠償金の支払いを求められたりするおそれがあります。
緊急停止ボタンを押して電車を止めてしまい、刑事・民事の両面での厳しい責任追及に不安を感じているなら、できるだけ早く弁護士に相談してください。
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